「憲法をまもるトークと音楽の夕べ」
(にのみや・おおいそ九条の会)

14日国民投票法案が自公により強行採決!
 あらたなたたかいのはじまりです。

「憲法第9条は平和に貢献」78% 朝日新聞世論調査

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3日憲法記念日にラディアンホール(二宮町生涯学習センター)で「憲法をまもるトークと音楽の夕べ」(にのみや・おおいそ九条の会)を開催しました。会場には約350人の方々が参加されて盛会でした。


第一部トークの部では「ガラスのうさぎ」の朗読、高木敏子さん、堀文子さん(大磯在住画家)から頂いたメッセージの朗読。(朗読:長浜啓子さん)

二宮在住の被爆者の武田さん、昭和16年召集されて終戦まで中国戦線で戦われた荒川(88歳)さん、大儀見 さん、上智大学教授石川 さん,中学3年生鉄平君の5人にお話しをしていただきました。どなたのお話も憲法九条の大切さが浮き彫りになるようなお話でした。



20才のとき広島で被爆。洗濯物を干していると物凄い光と音を感じ、庭の隅まで吹き飛ばされた。上空には火の玉と黒と赤の雲が競い合うように広がり、恐ろしくて体が震えた。弟は重傷を負い一週間後にむごい死を迎えた。父は男泣きし「戦争とはこういうものなのか」と叫んだ。戦争はいやだ。命あるかぎり九条守って、旅立って行きたい。



…昭和16年、22才で召集され、4年の内3年は中国・山束省だった。民衆の支持はなく、外国軍の駐留は良くない、今でも。戦争は無駄金を使う。国家予算の12が戦費だった。改憲を急ぎすぎている。どうなるのか心配だ。


…大学でメディア学を教えている立場から。結論から言うと、大新聞は私たちの味方ではない。読売は1994年に独白の改憲案を出したが、そんな新聞が憲法問題で公正な立場はとりえない。朝日だって、護憲派編集委員はたった1名になり、論説も怪しくなっている。戦時中、大新聞は権力に擦り寄った報道をしたが、戦後生き残った。ドイツではナチスに協力した新聞はすべて廃刊になったのだ。大新聞は1980年代頃から権力寄りに変わってしまった。改憲の動き、これを見過ごして何もしなかったら、後々、心残りになると思って運動に参加している。


…あの85日の二宮駅銃撃の事は一生忘れられない。86日は私の誕生日でもあった。戦時中は飛行機狂の軍国少年だった。サンフランシスコ条約締結、冷戦の開始と歴史は流れ、私は米国留学の機会をえた。その時、日本という国が本当に良く見えた。86日広島の原点、85日ガラスのうさぎ事件の体験を大切にしていきたい。

2年前、中一のとき、原水爆禁止広島大会に行き、戦争のこと、原爆のことをよく知った。学校では今、ウザイ・キモイ・シカト等の言葉を使わないようにする努力が進められていて、友達間の関係が良くなってきている。そういう事も平和な社会につながっていくのではないか。青年の力で平和な社会を築きたいし、世界のすべての国が九条をもてば戦争はなくなると思う。

第二部 音楽の
第二部 音楽の夕べ イタリアの歌/日本の歌
テノール 内村寛治 ピアノ 内村由生子

藤原歌劇団準団員テノール歌手内村寛治さん、由生子さん出演でイタリア歌曲と日本の歌を歌っていただきました。

歌は素晴らしい美声と音量で圧倒される迫力のある歌唱でした。また国立音大で専攻されたサキソフォンの演奏も感動的でした。最後に会場全員でガラスのうさぎを合唱しました。

素晴らしい町二宮