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”よびかけ” |
| 九条の会は2004年6月に作家の井上 ひさし、梅原 猛(哲学者)、大江 健三郎(作家)、奥平 康弘(憲法研究者)、小田 実(作家)、加藤 周一(評論家)、澤地 久枝(作家)、鶴見 俊輔(哲学者)、三木 睦子(国連婦人会)がよびかけてつくられ現在各地に『九条の会』は約5200作られています。 二宮近辺にも秦野、平塚、小田原、伊勢原、南足柄、箱根など各地に作られています。この「九条の会」は思想信条にとらわれない、「憲法9条の改悪を許さない」という、それだけの一致点で集まっています。 61年前8月5日二宮駅に米軍の機銃掃射があり5人の方が亡くなりました。当日の悲惨な出来事は高木敏子さんの児童文学「ガラスのうさぎ」にあります。駅南口には二度と戦争があってはならないと、永遠の平和を願う二宮の人々の浄財によって昭和56年(1981年)、ガラスのうさぎ像が建てられました。 ガラスのうさぎ(高木敏子著)には 新版「ガラスのうさぎ」高木敏子著(金の星社)P177, 178より引用 1947年(昭和22年)5月3日、わたしはこの日を一生忘れないだろう。この日、日本国新憲法が施行された。新聞の中に書かれた全文の中で、わたしは第二章、「戦争の放棄」ということばにすいつけられた。 第2章 戦争の放棄 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 この文面は、わたしにとって、まさに輝く太陽のように、まぶしく見えた。これなんだ、もうわたしたち国民は永久に戦争を放棄したのだ。よく、歴史はくり返されるという。しかし日本の歴史はじまって以来、はじめて日本は外国に負けたのだ。連合軍という名の外国の軍隊が日本を占領した。たしかに、いくさに負けたことは、くやしいし、なさけない。そのうえ、たくさんの犠牲者を出した。だけど、それによって、永久に戦争をしないということを憲法にさだめることができたのだ。 ・ ・・・・・・・・・ わたしは生きているかぎり、この憲法を守り続けたい。そして、わたしの次の世代、またその次の世代へと、この悲しみを伝えていきたいと思った。二度と戦争を繰り返さないために。 新版「ガラスのうさぎ」高木敏子著(金の星社)P177, 178より引用 二宮町民のみなさん、今憲法が変えられようとしていることをご存知ですか。「軍隊の保持」を明記し、同盟国の戦争に参加できる「集団的自衛権」の行使を可能にし、自衛隊の海外派兵や武力行使をいつでもどこでもできるよにする案が有力です。『武力を使った』国際貢献ができる、『戦争のできる国』になろうという考えです。 日本が過去に経験した戦争は「自衛のため」とか「東亜新秩序の形成」「大東亜共栄圏」をつくる、などの名目で行われています。九条を変えられたら、名目さえあれば日本はどんな戦争にも参加できるようになります。たとえば、世界の多くの人々が反対したイラク戦争に対しても政府が『国際貢献』と解釈すれば、日本はイラクの人々と無用な殺し合いをすることになりかねません。 日本は今、分かれ道に立っています。軍事・経済大国や世界的大企業の利害が渦巻く国際社会のなかで『戦争のできる国』に変わるのかそれとも武力では世界平和の実現はできないとする『平和主義の国』を続けるのか、その分かれ道です。 憲法九条を変えてしまった道の先に明るい未来はあるのでしょうか。 平和を愛する町民の町二宮は私たちの誇りです。二宮から世界に向けて日本国憲法九条の平和主義の精神を広めて行きたいと願っています。 |
| よびかけ人 「素晴らしい町二宮」 主宰 高木信幸 |